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【ペドロ パラモ】 ファン ルルフォ 感想その2

⭕️あとがきから

ファン ルルフォは【燃える平原】と【ペドロ パラモ】しか書いていない。

批評家が1980年に100人あまりのスペイン語圏の作家や批評家達におこなったアンケートでラテンアメリカ最良の作品としてトップの座を分かちあったのは ガルシア マルケスの【百年の孤独】とルルフォの【ペドロ パラモ】だった。

ペドロ パラモは70の断片から出来ている。断片化のおかげでこの小さな作品が途方も無いダイナミズムを得ていることに気づくのである。

とくに小説の末尾を冒頭につなげて、作品をひとつの円環の中に閉じておくためのさまざまな工夫が、みごとに功を奏している。その中のいちばん小さなディテールは、イネス・ビヤルパンドの店だろう。この店は二回しか出てこないが、冒頭で は祖母に頼まれてペドロ・パラモがつかいにいく店だし、末尾ではアプンディオが酒を飲みに立ち寄るところだ。
るところだ。
またいちばん最後の断片で血だらけのペドロパラモを抱えおこすダミアナは、作品のはじめのほうでコマラにやってきたファン・プレシアドを出迎える女性のひとりである。むろん、ロバ追いアブンディオの役割がいちばん大きく、一一回しか登場しないが、 冒頭では父親をさがすファン・プレシアドをコマラに案内し、末尾ではその代理として父親(自分の父親でもある)ペドロ・パラモを殺すのだ。 そして時間的には、最後の断片のあとに、最初の断片がつづくという仕組みになる。
青々とした畑や、緑の丘や、蜜や、露(水)は生命のシンボルである。しかしその緑豊かな大地も、やがて荒涼とした荒れ地に変貌を遂げる運命だ。不毛と崩壊の宿命は、ペドロ パラモの名前の中にすでに刻み込まれているのだ。ペドロは「石」、パラモ荒れ地を意味する。彼の死の場面を描いた末尾の一文も、 その名前と響きあう。
「乾いた音を立てて地面にぶつかると、石ころの山のように崩れていった」

ガブリエル・ガルシア=マルケスは、最初の4冊の本を書いた後、小説家として八方ふさがりになったように感じ、1961年に『ペドロ・パラモ』を見つけ、人生が変わったと述べている。ガルシア マルケスは、「(ルルフォの公刊されたすべては全部合わせても)合計300ページしかない。だが、それはソポクレスが我々に残したものとほぼ同じページ数で、やはりソポクレス同様に永遠に残るものと信じている」と語っている。